待つのが辛い・・・。

4月11日、午後から雨が降りました。

放射線外来の初めての診察日です。

放射線科は病院の地下にあり、霊安室の隣でした。

今までの検査結果の画像を見ながら、先生が穏やかに説明してくれました。

30数年間で肺が汚れている事や、気管支が拡張して右の肺が押されている事などから、放射線で治療する事が決まりました。

両肺に散らばった無数の影を見て、姉がまた「星屑みたい」と言いました。

先生は「いや汚れているんです」とボソッと呟き、その中に腫瘍が写っているので、私には星屑とかメルヘンのように受け取れないのが本音です。

腫瘍の大きさは37ミリ、肺腺癌と告知された時の呼吸器内科の先生の見識は間違いだったのです。

中葉から下葉に掛けての腫瘍、放射線治療は4日間通院で行われるそうです。

強い放射線を掛けるので、1時間咳と痰と深呼吸もせずにジッとしていなければなりません。

10箇所のピンポイントに照射する為には、位置がずれては困るからです。

横になると咳と痰がゴロゴロして来る為、咳止めを試す事になりました。

座っている時には出なくても、横になるとどうしても痰がゴロゴロして来ます。

午前中に去痰剤を飲んで痰を出し切ろうかと試してみたり、痰が出るたびに肺が痛くなって微熱が出たり、不安要素がいっぱいです。

患者会の会長に話すと、「手術が出来れば良かったのにね、そんなに強い放射線をやって大丈夫?」と言われるだけで心が落ち込みます。

「私にはもう他に治療方法がないので仕方がありません」と答えるのがやっとです。

5月1日の診療日には印付けと診療台の型枠作り、11日はリハーサル、22日から本番です。

「そんなに待って大丈夫ですか?」と質問したら、「ある程度腫瘍が大きくなったほうがピンポイントで照射しやすい」と教えてくれました。

娘は強迫性の症状がひどくなり、心配するあまりに逆な行動を取ってしまいます。

プランターに植えたチューリップの花が散り、ヒマワリの種は徒長気味ですが発芽しました。

ナスタチュームの種は発芽したのは2本だけですが成長しています。

ツバメもやって来ました。

告知されたのが2月だったので、とにかく待つのが長くて辛いです。

家の片付けもお疲れモード、放射線治療後の副作用は頂いたプリントで確認しました。(怖くて聞けなかったのです)

今日は風が強いです。

黄砂が舞うという予報だったので、洗濯物は部屋干しにしました。







治療方法

肺腺癌と宣告されたのが2月9日、2年振りに肺のCT検査の結果を聞きに行った日でした。

気管支鏡検査をする為に入院し、検査を受けて細胞をとったのが2月15日、その後副作用で気胸になり、肺が膨らんでから退院したのが2月17日。

その一週間後にPET検査、そのまた一週間後に脳のMRI検査、そのまた一週間後にすべての検査結果を聞きに呼吸器内科の外来へ行きました。

肺下葉に悪性腫瘍が出来ており、ステージは1bで手術を勧められました。

ごくごく初期に発見出来たと強調されて、呼吸器外科に回すから連絡を待つようにと言われました。

私よりも早急に手術しなければならない患者さんがいるから、これから一か月は待つことになると言われました。

一週間後に呼吸器外来の受付の方から、3月30日に予約を入れて、手術日を決めてくださいと連絡がありました。

そして今日、姉達と一緒に呼吸器外科の先生の話を聞きました。

結果、私の肺はサルコイドーシスと気管支拡張症の為に汚れているのと、肺活量が同年齢の女性に比べて少ないとの理由で、手術はリスクが高い為、難しいとのことでした。

綺麗な方の場合は下葉部を取るのですが、私の場合は開胸手術での部分切除になり、取った分だけ肺活量が少なくなります。

「手術して酸素を吸う生活になりました、再発しましたでは意味がない」と言われました。

私の汚れた肺をCT画像で見た姉が「星屑みたい」と一言、汚れた肺も星屑だと思えばいいのかも・・・。

姉達は私が意外と体力があり、歩くのも速いと先生に言ってましたが、最近の私は歩くだけで息苦しいので正直に伝えました。

そして手術以外の治療、放射線とか「〇〇さんが得になる治療法」を一週間後の診察日まで、呼吸器内科の主治医の先生や他の先生とも相談して考えてくれることになりました。

心のどこかで手術はしたくないと思う気持ちもあったのと、自分の肺が32年間でどれだけ汚れてしまったか、罹り付けの個人病院の先生から、綺麗な人の肺を見せてもらったことがあるので手術後の生活の不安がありました。

2月2日のCT画像では、腫瘍の大きさは3,5センチだそうです。

先日植えたナスタチュームとヒマワリの種が発芽しました。

チューリップも咲き始め、今日は一羽の燕が巣に来ました。

季節は巡り春到来、流されるままに生きることにしました。









ストレス

昨日は娘の心療内科の診察日でした。

私は体調が悪いのでひとりで行ってもらうつもりでしたが、「病院へ行かない」と言い出した為、結局一緒に出掛けました。

主治医の先生は週に一度しか外来に入らないので、とても混んでいます。

待つ事が苦手な娘はイライラ、やっと順番が来て先生とお話出来たのですが、私の言い方が悪いと帰り道と帰宅後にネチネチ始まりました。

このところ、娘はイライラと我儘が炸裂、私のストレスも溜まる一方です。

眠剤を飲んでから寝るまでの悪態を全く覚えていないようで、先生からは「本人が覚えていないなら、お母さんがあえて言わなくてもいいのではないか」との事・・・確かにその通りです。

私がそばにいるから娘が当たり続けるのだと、出来るだけ離れたいと思うのですが、それさえも気に入らない娘は「どこにも行かないで!」と言います。

夜に私が眠剤を飲むのも気に入らない・・・娘が寝るまで、ネチネチ攻撃から心を必死で守っています。

昨夜は患者会の書類作成で、娘が寝てから作り出したので、夜中の1時まで掛かってしまいました。

私は夜中の12時を過ぎたら眠剤を飲まないと決めているのですが、起きていた為に運良く息子から連絡が来て、2時間近くも話してしまいました。

夜中の12時まで仕事だった息子は、今日は仕事が休みだからと帰宅後に話し相手になってくれたのです。

「母さんは強いから大丈夫だよ、声も元気だし(^-^)/」

30歳になる前に転職した息子は、今月やっと正社員になれたそうです。

夜中まで連日働いている息子はショップの店員をしているので、年末年始は休みなしです。

「たまには家に帰って来てね」と言いたくても、娘に対して暴言をはきそうで、その言葉を呑み込んでしまいます。

「体調を壊さないように気を付けてね」と毎回同じ言葉を繰り返してしまいます。

娘と息子は私よりも父親と生き方が似ています。

酒癖が悪くて有名だった父親の姿を見ているので、息子には「お酒はほどほどに」と言うと、「父さんみたいには飲まない」と答えます。

それにしても、娘は私に対して「なぜあんなに威張れるのか?」と思う事もあるのですが、娘の攻撃から逃げる事ばかり考えている自分自身の弱さを反省しています。

世の中思い通りにならない事の方が多いと思えば、いろんな事に腹を立てたり、憎しみを抱いたりしないのに、こんな毎日を過ごして勿体ないなあと思ってしまいます。

そして伝える事の難しさ、正面から向き合えば言葉数が増えてしまいます。

今日みたいに穏やかな冬至の日、カボチャを小豆と一緒に煮ました。

大根と豚バラの煮込みを作ったり、娘と口喧嘩をしながらも大根の葉っぱを茹でたり、玄関のドアを拭いたり、コンロの掃除をしたり、ジッとしている事が出来なくてバタバタ動いてしまいます。

それがまた娘の怒りを買うと分かっているのですが、やりたい事がいっぱいです。







睡眠障害

いつからか眠れなくなりました。

眠剤を貰う為に心療内科へ1ヶ月半ぐらいの間隔で通っています。

マイスリー5mgで眠れたのが、ある時から10mgになりましたが、基本は5mgと決めています。(錠剤を半分に割るのです)

そして夜中の12時を過ぎてしまったら飲まない事にしていますが、やっぱり眠れません。

睡眠障害になった原因は娘が寝かせてくれなかった事ですが、眠剤を飲んだ時にも寝かせてもらえなかった事はとても辛い経験でした。

横で強い眠剤を飲んで、鼾をかいて寝ている娘を見ていると、娘の心の病は当分良くなる事は難しいのでは?と切なくなって来ます。

ジェットコースターのように、感情の波が一日の間に激しく変わります。

それでも自傷行為をしなくなった事だけでも花丸なのかもしれません。


こんな毎日から抜け出そうと、今日は意を決してハローワークへ行って来ました。

そこで私は自分のミスに気付いたのです。

難病支援制度を使いたかったので、病気の事を正直に申告していました。

気管支拡張症で喀血した事や時々血痰が出る事など・・・そんな事を言ったら雇ってもらえる訳がないのに、その為に仕事をいくつも替えているという事も話していました。

ハローワークの職員の方から「発作は最近は起きていませんか?人に感染しませんか?」と聞かれました。

今は大丈夫ですと答えましたが、昨日も血痰が出ている事は言えませんでした。

止血剤を飲めば治まる程度の症状でしたが、主治医の先生からは「接客業はやめた方がいい」と去年の夏に言われています。

販売レジの仕事も、高齢者の方の介護の仕事もダメなのかもしれません。

それでも検索して出来そうな仕事があったので、電話で問い合わせてもらったのですが、年齢不問と明記されていたのに40歳までの方を募集しているとの事で応募さえ出来ませんでした。

ハローワークまでは自転車で40分近くも掛かります。

帰りにドラッグストアーで洗剤を買ったり、体は疲れているはずなのに眠れないのです。

毎日喉が痛いので抗生剤を飲みました。

胸が痛いので鎮痛剤も飲みました。

昨日からお腹の調子も悪いので正露丸も飲みました。

おいおい、こんな調子で働けるのか?と不安になります。

持ち家を売りたかったけれど、姉達との共有名義ゆえに反対され断念・・・生きて行くにはお金が掛かります。

母子家庭になってからは、「どんな仕事でもします」とパートバンクで仕事を紹介してもらい働いて来ましたが、気管支拡張症の持病を隠す事で精一杯・・・社会保険に入れてくれると言われても、健康診断で肺に影があることを知られたくないので断り、頑張れば頑張るほど体調が悪くなる悪循環。

思いがけず61歳の今も生きているのですが、65歳から貰える公的年金の金額の安さに現実の厳しさを思い知らされることになりました。

65歳になる前に死んだら勿体ないからと言われる事もありますが、早く貰うと年金額はもっと減るのだそうです。

悩む所です。


今日は患者会の用事でお出掛けです。

9月から今まで、何枚PCで打ったら終わりが来るんだろう?と思ったりして。

今日は医療講演会に来て下さる方達の為のお菓子を買って袋詰めの後は、司会を頼んだ方の原稿を作ります。

私が考えていた患者会とは違う形の友の会の事務は、時にストレスに変わります。

会員さん達と個人的に連絡を取る事は出来ません。

事務局は会長宅なので、私と話したい会員さんがいても、会長がシャットアウトしてしまうのです。

それは発足当時からの事なので、私は陰の存在なのだと割り切るようにしています。

会長ご夫妻はPCがあっても検索のみで文字の打ち込みやメールの送受信が出来ません。

書類作りは無理でも、メールの受信を覚えてもらうようご主人に教えています。

フレッツ光やブロバイダに掛かる費用がきついので、インターネットを止めたいと思っているのですが、こうしてブログを書く事で心のバランスを取っているのも事実・・・少しでも安くしたいと模索中です。

娘のスマホがドコモなのでドコモ光にしたら安くなるのか、固定電話を止めれば料金が安くなるのかなどと考えますが、どれが一番いいのか分かりません。

一番いいのはインターネットを止める事でしょうか・・・。

ボランティアは他に替わりが見付からない限りあてにされて、辞めたら会長からぼろくそに非難されるのは経験済みなので、それも出来ません。

会長も感情のコントロールが出来ない方なので、言動は時に攻撃的になります。

一緒にいると私も同じ考えだと思われるから、早めに手を引いた方がいいと他の患者会の会長さんから言われるのですが、娘の事で精一杯の私には現状維持がやっとの状態です。

眠れない日が3日続いても、4日目には眠れると思っていた私ですが、眠れぬ夜はいろんな事を考えてしまいます。

眠れなくてもそろそろ横になる事にします。

おやすみなさい。








寝る前に・・・

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風船カズラの種がこぼれて、可愛い姿を現しました。

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