柴犬

今日 さくらがお世話になった動物病院の前を通ったら、「えんぜるはうす」と書かれた軽トラックが止まっていました。


荷台にはペットキャリーの中に入れられた赤柴ワンコがいました。


えんぜるはうす」は高齢者の方が入院等の事情で飼えなくなったペットを保護する動物保護団体です。


一時的に預かったり、永久的に保護するボランティア団体のようで、以前動物病院の受付に置いてあったチラシを貰って来た事があります。


足を止めてそのワンちゃんに話し掛けてしまいました。


さくらよりも若そうなオスのワンちゃん、吠える事もなく、可愛い瞳でアイコンタクトをしてくれました。


前脚は皮膚病なのか、毛が抜けて皮膚が見えていました。


「元気でいるんだよ」と声を掛けて、さくらの事を思い出しながら歩き始めました。


遊歩道の入り口でその車を見送りながら立ち止まった時、ペットキャリーの中から赤柴ワンコが私の方をジッと見つめながら通り過ぎて行きました。


家に帰って、娘にそのワンちゃんの事を話しながら、涙が出てしまいました。


PCで検索したら、いろんな物資が不足しているようです。


現金での寄付は難しいですが、古いタオルや毛布等を送ろうかと考えています。


飼えなくなって保健所で殺処分に遭うよりも、保護する団体がいて良かったと心から思いました。


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決まらない・・・


手術するかどうか、悩み過ぎて同意書にサインする事が出来ずにいます。


個人病院の先生は外科ではないのと、専門外なので分からないとの事、主治医の先生に症例を数多く経験している先生を紹介してもらって話を聞いた方が良いとの事でした。


いつものように症状が落ち着くと、普段と変わらずに過ごす事が出来てしまうので、余計に迷ってしまいます。


でも 他に手術以外の治療方法がないという事や、何度も喀血して総合病院に迷惑掛けているような後ろめたさもあり、思い切った方がいいような気がする時もあります。


娘も今月末で仕事を辞めるので、この時期なら手術後に付き添ってもらう事も出来ます。


気管支拡張症は自分の生活環境からなるべくしてなった病気なので、自業自得だと思っています。


もっと病気の知識があったなら、きっと予防出来たはずの病気です。


自分で蒔いた種なら、自分でカタを付けなければいけませんね。





毎日悩み過ぎて、眠れなくて、明け方に見る夢はちょっと悪夢に近いです。


娘の仕事の愚痴を聞いて上げる心の余裕もなく、何でもっと優しくなれないんだろうと自己嫌悪に陥る今日この頃です。


先日は和歌山に住む、高校時代の友人から久し振りに電話がありました。


彼女と話していると気が楽で、お互いに性格が似ているからかもしれないねと2時間半も話し込んでしまいました。


年が明けてから見た夢には、亡くなった実家の両親や元夫、そしてさくらまで出て来るというオールキャストの豪華番でした。


久し振りに電話をくれて近況を訊ねてくれた友人達、こういうのを「虫の知らせ」というのかな・・・とふと思ってしまいました。


結局は自分で決めなければならない事ですが、また復活した私を見て、兄や姉は「寒い時期よりも暖かくなってからの方がいいのでは・・・」と言ってくれたり、「今度喀血したら、その時に手術してもらう事にしたらどうだろうか・・・」と声を掛けてくれます。


2泊3日の入院、これが旅行だったら楽しいのに・・・な~んて罰当たりな事を思った私です。


2月6日の診察日まで、目いっぱい悩む事にします。





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リスク


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カーテン越しの夕陽です。




昨日 総合病院でCT検査をして来ました。


主治医の先生の話によると、放射線科では気管支が拡張している箇所があるので、手術する意味はあるとの事でした。


「分かりました、じゃあよろしくお願いします」という前に、「手術するメリットは分かりましたが、デメリットはありませんか?」と質問してみました。


「リスクの事ですか?」と先生。


私なりに疑問に思った事を聞いてみました。


肺動脈は何箇所止めますか?・・・右と左、一本ずつだそうです。


手術後 肺血栓が起きて亡くなる事はありませんか?


主治医の先生はPCをクリックして、同意書と合併症について書かれた紙をプリントアウトして渡してくれました。


「この息苦しさは治りますか?」・・・手術は喀血に関する事だけで、それとは関係がなく、要はこの手術をしても、呼吸器の症状が治って、元気になるというのとは別問題なのだそうです。


私は「う~ん」と悩んでしまい、2週間後に予約を入れて、その時に返事をする事にしました。


手渡された紙を読み、リスクを納得した上で同意書にサインするよう言われて帰って来ました。



「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という諺もありますが、今の私はそんな状況だと思います。


主治医の先生が私が聞かなければリスクの説明もなく、事務的に処理している事にも不安を覚えてしまいました。


2泊3日の簡単そうに見える手術でも、カテーテルを使っての手術は他の血管を傷つけてしまう事もあり、術後6時間はベッドの上で絶対安静、その後肺血栓で死ぬ事もあるので要注意とプリントには書かれていました。


肺動脈を金属のコイルで塞栓するとの事で、もちろん書かれたリスクが起きるのは滅多にある事ではないだろうし、ココに来てビビッてしまうのは、私が小心者だからかもしれません。


近い内に2ヶ月に一度通院している個人病院の先生に相談して来ます。


このクリニックの先生は、以前からこの手術を受ける事に反対していますが、手術の詳しい話を聞けるかもしれません。
























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買出し


この頃 先日の入院騒ぎがあってから、生協の宅配も休止しています。


入院をしないで家にいる事になったのですが、宅配を再開するよりも、いい機会なので「家にある物」を消費する事にしました。


また風邪を引くと面倒なので、明日の検査が終わるまでは近くのスーパーへも行かずに過ごしていました。


お陰で野菜ボックスの野菜は使い切り、冷蔵庫の中もスッキリしました。


今日は雨が上がった後は気温も上がり、3月の陽気だったので、久し振りにスーパーに買出しに行きました。


冷凍庫の中には、今まで生協の宅配で届いたお肉やお魚がまだ残っています。


買い足す物は野菜とお豆腐と麺類だけにしました。


お料理が好きなので、つい作り過ぎてしまいます。


今までは毎日のように姉の家にお裾分けしていたのですが、節約を兼ねて、2人分にこだわって料理するように心掛けました。


明日は肺のCT検査の日です。


出血している部位が見付からなければ、また手術出来なくなるかもしれません。


それでも 食べ物が美味しく感じて、お腹いっぱい食べる事が出来る日常はとても有り難い事です。


そう思えるようになったのは、久し振りに以前住んでいた、同じアパートで仲が良かったお友達から電話があり、目いっぱい話が出来たせいかもしれません。


入退院を繰り返していたあの時期の事をよく知っている友達から、こうしていられるのは幸せだと言われ、本当にその通りだと気付かせてもらいました。


私より先にアパートを出て一軒家に引っ越した彼女、あの時は取り残される寂しさでいっぱいでした。


私が熱を出すたびに息子の保育所の送迎をしてくれました。


一番大変な時に助けてくれた事に改めて感謝しながら、今のほうがずっと元気になっている事、きっとこれからは今よりも元気で暮らせるような、そんな気がして来ました。


何度でも人生はやり直しが出来る・・・私の大好きな言葉です。
















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不安


昨今は「気管支拡張症」や「肺動脈塞栓術」について、PCで検索すれば情報を得る事が出来る。


病院では「喀血する」事についても、今まで「構わない」「気にする事はない」と軽く扱われて来たような気がする。


けれど時と症状によっては、「死ぬよ」などと言葉を吐くドクターもいた。


今の主治医の先生は、よく分からないという感じが見て取れる。


細かい説明をしてくれる訳ではないし、手術をするのは呼吸器外科のドクターだそうで、「彼らはなかなか上手に止めてくれる」と以前に話していただけだ。


血を吐く事が気になるなら、その手術をしてはどうか・・・と言われた事があった。


私が通っている個人病院の先生が「命に関わるほどの大喀血でないなら、やみくもにその手術をするべきではない、将来酸素を吸う事になるかもしれない」と、私の肺のレントゲンを診てそう話していると言ったら、ある時そのままの言葉を吐いて手術は棚上げになった。


今回は先日診察してくれた、主治医ではなかった先生が手術を勧めた事から始まった。


結核かも・・・と緊急入院して隔離されそうになった私の気持ちが、主治医の先生に届いているだろうか?


喀痰検査の結果、結核ではなかったと分かり、喀血も止まって入院しなくても済んだけれど、あの時の私は、いろんな人達に迷惑を掛ける事になるのでは・・・もしそうだったら、申し訳なくて自害しなければと思ったほどだった。


大袈裟かもしれないけれど、自治会のデイサービスには高齢のご利用者様達が通っているし、ボランティアとはいえ、その手伝いをしているという立場を考えれば、与える影響の大きさは避けられないからだ。


今回の手術も、ネットで調べるとデメリットの部分もあるようで、こういう時は「ひとり身の辛さ」みたいなもので心が包囲されてしまう。


私の兄や姉達は、私がカテーテルを使う簡単な手術、しかも入院も一日だけで済むと聞いたせいか、手術する事に賛成している。


それでも将来何が起こるか分からないので、仕切り屋の長姉にもしもの事があった時の事を頼んでおいた。


もしもこの先、私が死ぬような事があったら、お葬式は家族葬で、身内だけでお香典も持って来ないで、皆で美味しい物を食べて欲しい。


お墓は必要ないので、中学校の同級生が住職をやっているお寺で「永代供養」を申し込んで欲しい。


そんな事を元気印の長姉に頼んでおいた。


まだ手術出来るかどうか決まった訳ではないけれど、そして元気になって笑い話になるかもしれないけれど、何があるか分からない世の中、伝えておくのは必要だと痛感している。


こうなってみると、今はさくらがいなくて良かったと誰もが言う。




雨の音を聴きながら、とりとめもなく綴ってしまいました。










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散歩

この頃 家から出ない日が続いています。


出掛けたのは家の近くの本屋さんと魚屋さん、そしてポストまで自転車で行ったぐらいです。


「散歩したいなあ」とふと思いました。



さくらを飼ったのは、呼吸器が弱い私の散歩の時の相棒が欲しかったからです。


その事を思い出しました。


犬を飼いたいと子供達にせがまれた訳でもなく、私が欲しくて飼ったワンコだったのです。


さくらは大雨の日を除いて、どんな日も一緒に遊歩道を歩いてくれました。


老犬になり、歩けなくなってからも、私に抱っこされて外に出ました。


今でも足が丈夫なのは、さくらのお陰だと感謝しています。


息苦しいので走る事は出来なくても、重い物を持って歩く事も出来なくなってしまったけれど、マイペースで歩き続ける事は出来ます。


いろんな意味で余裕が出来たら、今度は小型犬を飼って、一緒に散歩したいと思うようになりました。


さくら、その時は「嘘つき」って怒らないでね。


そんな日が来るかどうか分からないけれど、その時は私が元気になって仕事をしている時だからね。





雨が降って来ました。


さくらはいつもこの胸の中で生きているけれど、抱っこした時のあの温もりが恋しいです。


さくら、やっぱり会いたいですね。


今 とても寂しくて、そして不安です。










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一件落着


今日は主治医の先生の診察日でした。


一応 入院の支度をして行ったのですが、喀血が治まり、緊急性がなくなったとの事で、入院する事無く帰って来ました。


来週の水曜日に造影剤の肺検査をしてから、その結果次第で肺動脈塞栓術の手術をするかどうか決める事になりました。


喀痰検査の結果、結核菌も検出されなかったとの事で、主治医の先生は「その可能性も考慮して痰の検査を欠かさずにやっているから大丈夫」と言ってくれました。


カテーテルの手術も1日程度の入院で済むとの事で、気持ちが軽くなりました。


早速 娘にメールで伝え、心配してくれた姉達にも伝えました。


先日 姉は旅行に行った時に、私の病気が治るようにお守りを買って来てくれました。


今朝も私が出掛ける前にも泣いていた娘ですが、入院する予定だったこの6日間、家事がある程度出来るようになりました。


昨日は久し振りに息子も顔を出し、親子3人で昔の話などをしながら穏やかな1日を過ごしました。


さくらがいなくなって生きる気力がなくなっていた私も、もう一度気を張って生活しなければと思うようになりました。


気が抜けてしまうと、自分の中の弱さや脆い部分が次から次へと露呈してしまうものですね。


喀血を怖れて、連日水ばかり飲んでいましたが、今日は調剤薬局で無料のホットコーヒーを飲み、家では温かいお茶を飲みました。


ご心配をお掛けしてごめんなさい。


大好きだったさくらの元に行ってもいいかなと思っていたのですが、そんなに簡単には人は壊れないものですね。


元気になる為なら、同じ事を繰り返して悲嘆するよりも、前向きに医学の進歩に乗っかろうと思っています。












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戸惑い


「もしも、来週の水曜日の予約診察日に、主治医の先生から『入院しますか?』と聞かれたら断ってね!」と相変わらず娘が言ってます。


未だ血痰は止まらず、ゴロゴロして咳が出そうになると水を飲んで痰を外に出さないようにしているから、一日中水を飲んでいるような感じです。


痰を出した方が楽になると分かっていても、痰を出した時の刺激で喀血する事もあるからです。


以前 入院した時、24時間の止血剤の点滴治療しても止まらなかった私に、「咳も痰も出すな!」と言い放ったドクターがいました。


この寒い時期に温かな飲み物も飲まず、気管支が拡張しないように入浴はシャワーのみで10分間、私の体はエコには丁度いいのかもしれません。


入院の支度も整え、冷凍ご飯も作り置きし、手抜き家事の方法を娘に教え、さくらの写真も持ちました。


即入院を先延ばししてもらい、家の中に引き篭もっていると、入院などしなくてもいいのではないかと思ったりします。


同じ事を何度も繰り返していると感覚が麻痺してしまい、このままでもどうにか誤魔化しながら生きて行けるのではないかと思ったりするから不思議です。


とりあえずあと2日間で片付けなければならない事を終わらせ、それからの事は主治医の先生と話し合ってから決める事にします。










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思い掛けない出来事

老犬さくらがいなくなったから、思い切って入院し、主治医の先生が提案した気管支動脈塞栓術の手術を受けようと入院予約して帰って来たのですが・・・。


思わぬところに弊害がありました。


娘の事を考えずに勝手に入院する事を決めた事で、娘が荒れています。


慣れない仕事のストレスもあり、家事一切を私に任せて来た娘は、私がいないと困ると怒り出したのです。


洗濯や食事、毎日の目覚まし代わりの依存、灯りの点いていない寒い家に帰って来なければならない事への不満が次から次へと言葉になって吐き出されます。


働いているスーパーがエアコンが効かなくて寒すぎる事、人がいないので勤務時間中はトイレに行ってはいけない事、手がかじかんで教えてもらってもメモが取れない事、来月から閉店後の精算を任される夜の責任者になる事、体調が悪くても休んではいけない事、何より荷出しが重過ぎて腰痛になりそうな事など・・・正社員はいないので、パートが責任を負う仕事をする負担などで、娘は不満が日ごとに爆発して行きます。


面接の時には聞かされていなかった事が次から次へとリーダーの人から告げられ、そのストレスが私への攻撃となって表れています。


一人暮らしの経験がないので不安は手に取るように分かるのですが、体調が悪いまま家にいても娘のフォローさえも出来ません。


加えて、入院期間がどの位か決まっていないので、娘には「1週間程度かなあ・・・、運が良ければ数日で済むかも」と曖昧な返事しか出来ない事にも腹が立っているようです。


喀血している時は止めて欲しい事だけに必死になってしまうので、詳しい話など先生とはしていないのです。


主治医の先生ではなかったので、喀痰容器に入れた一回分の出血の量が多いというのを気に掛けてくれたのと、結核の可能性も疑っているようなのです。


身内や周りに結核の人はいなかったかと聞かれました。


今まで数え切れないほど喀血していますが、喀痰検査では変なものは出ていないと言われ続けて来ました。


今回も検査に出してくれるそうなので、変なものが出ない事を願うばかりです。


手術だけなら短い入院で済むはずなので、すぐに家に戻って来れると思います。


実家の母が生きていた頃は、「子供達だけになってしまうから入院はしないように、もちろん旅行もダメ」と言われ続けて来ました。


それでも5年ほど前にグループホームで働いていた頃、喀血が止まらずに10日間入院した事がありました。


あの時は息子も家にいて、娘と2人でどうにか乗り越えてくれました。


今回はさくらもいないので、初めてひとり暮らしを経験する娘の寂しさは理解出来るのですが、どうにか頑張って欲しいものです。


娘の仕事が続くかどうか、それはもう本人に任せようと思います。


心療内科の先生に話せば、絶対に「辞めた方がいい」と娘に言うのは分かっているので・・・。


我が儘な母親ですが、ちょっとだけ入院させてもらいます。









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入院予約

さくらがいなくなってから「生きる気力」が薄れて行ったような日々・・・。


今年の4月からは評議委員の女性部の部長の仕事が待っているというのに、今以上に頑張らなければならない毎日が続く予定なのに・・・。


月曜日から出始めた血痰がなかなか止まりません。


咳と痰は徐々に減って来たはずなのに、気管支のゴロゴロは相変わらず続いています。


今朝は起き抜けに血痰が続いたので(喀血ですね)、総合病院へ予約なしに痰を持って出向きました。


主治医の先生ではなかったけれど、開口一番「入院した方がいいです、気管支動脈塞栓術の手術をしましょう」と言われました。


喀血は怖いという事、サルコイドーシス以外の病気があると思われるという事で、即日入院を勧められました。


入院するにはそれなりの支度があるので、来週の主治医の先生の予約診察日に入院する事になりました。


中央処置室で止血剤の点滴を打ってもらい、会計を済ませて帰ろうと思ったら、また喀血が始まりました。


しばらく呼吸器外来の長いすに座って休ませてもらいました。


もうさくらがいなくなったので、入院や手術を断る理由は見付かりません。


帰宅後、女性部の活動をしばらく休ませて欲しいと部長さんに連絡を入れました。


迷惑を掛けてしまう事になりますが、今の体調では仕方がありません。


生協の宅配をキャンセルしたり、娘や姉達にも入院する事を伝えたり、入院する前にやる事はいっぱい・・・。



さくらが元気だった頃、救急外来で止血剤の点滴を打って帰宅すると、玄関にお座りして待っているさくらの姿がありました。


心配して待っててくれたんだと思うと、愛しくて思わず抱き締めて上げました。


今までに何度同じ事を繰り返して来たんだろう・・・。


さくらは知っていたのかもしれないね。


もう私自身が限界だった事・・・ごめんね。


手術すれば良くなるのかなあ・・・。


もう一度 未来を見る事が出来るのかなあ・・・。


さくら、もう一度会えたらいいね。









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ペットがいない生活


さくらがいなくなってから、時間を気にせずに外出出来るようになりました。


老犬介護をしていた頃は、いつもさくらの事が気掛かりで、一刻も早く家に帰りたいと思っていました。


自治会のボランティアも、以前なら「さくらは大丈夫かな?」と参加するたびに思っていましたが、今は心置きなく活動出来るようになりました。


兄や姉達と外で食事をする時も、もう時間を気にする事もなく、ゆっくりと過ごすようになりました。


さくらを亡くした寂しさや悲しみと引き換えにした自由な時間・・・。



久し振りにさくらが夢に現れてくれました。


夢の中で寝たきりのさくらを抱っこしながら、目が醒めた時にはほんわかとした気持ちに包まれていました。





呼吸器の慢性疾患を抱えている私が犬を飼う時の条件は「外飼いが出来る事」でした。


日本の風土や気候にぴったりの柴犬ワンコだったさくらは、その条件に合っていました。


夜だけは玄関のサークルの中で過ごしていましたが、シャンプーの時意外は家の中に入る事など滅多になく、11歳を過ぎた頃から「部屋の中」で一緒に生活する事になった時は、本当に悩みました。



それまで室内でキャバリアワンコを飼っている姉の家に行くと、常に洋犬特有の匂いがして、座っているだけでペットの毛が服に着き、部屋のあちこちに吹き溜まりのように毛が溜まっているのを見るたび、さくらは外飼いで良かったと思ったものでした。


さくらが膀胱炎になった時、獣医さんから「室内で飼って下さい」と言われてから始まった室内飼い。


部屋の中でさくらにどう接していいのか分からず、トイレはどうしたらいいのか、寝る場所はどこにしようかとまるで初めて犬を飼うのと同じ心境でした。


困ったのはさくらも同じです。


おトイレに行きたい時には玄関のドアをガリガリして教えるようになり、それが出来なくなった時は洗面所に置かれたペットシーツの上でする為の躾が始まりました。


さくらは賢い子だったので、何度も教える内に覚えてくれました。


それでも狭いリビングの中で自分の居場所が見付からなくて、飼い主との縄張り争いみたいな時もありました。


娘も私もさくらに噛まれた経験があり、その治療の為に1ヶ月も通院した事もありました。



娘はさくらが老犬になってから、やっとさくらを怖がらずに抱っこしたり、触れるようになりました。


それを思うと、娘はもうさくら以外のワンコを飼う自信がないと言います。


さくらが腕の中で息を引き取るという経験をした娘は、悲し過ぎてもう同じ思いをするのは嫌だと・・・。


それは私も同じです。


さくらで始まり、さくらで終わる「ペットがいる生活」。


さくらを飼っている間にいろんな事があり過ぎた我が家の歴史。


これからは穏やかに過ごす事が出来るよう、空の上から見守ってね。


毎日 さくらの写真に手を合わせながら、祈っています。
























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言葉


今日、「JIN~仁~」というドラマの再放送を観ていた時の事です。


この台詞に繋がる細かい説明は省きますが、「皆がいたから心細かったけど孤独ではなかった」という言葉に心が反応しました。


さくらがいてくれた16年間、心細い思いは山ほどあったけれど、孤独ではなかったような気がします。


自分と同じような年齢の人達が、バスツアーや泊まりがけの旅行に行ったりしても、経済的な事や体力の問題で参加出来なかった私は、さくらが一緒にいてくれた事で羨む事もなく通り過ぎる事が出来ました。


さくらは最期まで私の事を案じて旅立ったのではないだろうか・・・亡くなる前日、さくらはポロポロと涙を流しました。


「まだ死にたくないよ~、もっと一緒にいたいよ~」と泣いていたのかもしれません。


「おかあちゃん、私がいなくなっても大丈夫?心配だよ~」と気に掛けてくれたのかもしれません。


翌日に別れが来るなんて思いもよらなかった飼い主は、「何でそんなに泣くの?」とさくらに声を掛けました。




息絶える直前に口を2回動かしたさくら・・・最後の力を振り絞って、伝えたかった言葉。


「ありがとう」・・・それとも「さよなら」


あの時 さくらが流した涙が、口を開けて伝えようとしたさくらの姿が、ふと思い出されて涙ぐんでしまいます。


これからは「心細さ」と一緒に「孤独」を感じる日々が続くのかもしれません。




1日おきに気持ちが上がったり落ち込んだりしています。















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穏やかな元旦


新しい年の始まり、今日はとてもお天気が良く、暖かな一日でした。


昨年の12月に愛犬のさくらが虹の橋に旅立ちましたが、いつもと変わらず、玄関ドアには小さなリースのお飾り、玄関にはこれまた小さなお供え餅を飾りました。



昨夜は氏神様に初詣する方達に振舞う甘酒作りに参加し、そのまま年が明けた夜中の一時半に解散まで付き合って帰って来ました。


自治会の役員はボランティアですが、甘酒の作り方など教えてもらったり、参加すると和気藹々でとても楽しいのです。


聞けば、私と同じように過去に愛犬を亡くした経験がある方達もいて、いなくなった時の寂しさも分かって下さり、元気を取り戻す空間になりました。


皆と同じように年賀の挨拶を交わし、帰り際には氏神様に手を合わせ、お福銭を頂いて帰って来ました。



今日は昨年の内に終らなかった大掃除の続きをしています。


部屋の片付けをしながら、改めてさくらの介護をする事が出来て幸せだったと思いました。


あんなにも沢山の同じ時間を共有し、いっぱい抱っこして触れ合う事が出来ました。


言葉に言い尽せないほど愛しいと感じ、「何でこんなに可愛いの~」とメロメロになったのは、老犬介護をさせてもらったからだと気付きました。


日が経つごとに後悔と共に、静かな満たされた別の感情も同時に湧いて来ました。


さくらが幸せだったかどうかよりも、飼い主の私は幸せだったと言い切れるのです。


中途半端で投げ出す事無く、さくらを最期まで介護出来た事は、これから生きて行く私のパワーになるかもしれません。


さくら、幸せだったよね。


抱っこしながら日向ぼっこをしていたら、私にもたれて眠ってしまったさくら。


今と同じように静かで穏やかな時間が流れていたよね。


私の膝枕で安心したように眠るのが好きだったさくら。


腱鞘炎になってしまった左手首の痛みは相変わらず続いているけれど、下がってしまうさくらの首を支え続けた日々の思い出だよね。


お正月だから、虹の橋から戻っておいで。


そんな事を思いながら、さくらの写真を眺めています。



今年もよろしくお願いします。












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