古い土

夏野菜に使用した古い土を、今日やっと金網のザルに入れてふるいました。

先月の30日の事です。

腰痛ベルトと50肩が痛くならないように鎮痛剤を飲んでからやりましたが、途中休憩をはさみながら、何と5時間も掛かってしまいました。

台風19号の時に古い土を袋に入れて、土嚢代わりにしていたのがそのままになっていたからです。

ここまで日記を書いたところで、娘がまたお酒を飲み始めました。

このところ また娘は荒れ気味です。

日曜日の夜は就寝前に寝る心療内科の薬を飲酒後に大目に飲んでしまい、足がむずむずして眠れないと明け方まで寝たり起きたりを繰り返し、6時頃にようやく寝付きました。

それを確認してから私もひと眠りしたのですが、7時半頃に姉から老犬ワンコが亡くなっているようだから来て欲しいと連絡がありました。

数日前からドッグフードと水も受け付けなかったようで、もうそろそろかな・・・と話していた矢先の事です。

16歳と6か月、キャバリアワンコは眠るように旅立ちました。

2日の日は友引なので火葬場が休みです。

昨日の午前中に段ボールに可愛い四葉のクローバーを姪っ子と一緒に貼り、水仙の花で顔の周りを飾り付け、火葬場に連れて行く姉の車を見送りました。

老衰ですが、とても可愛い穏やかな顔をしていました。

亡くなったという連絡の後、2時間半後には棺が出発、いつも忙しい姉はこの日しか空いていなかったそうです。

動物は気配りが出来る事を再確認しました。

姉は覚悟が出来ていたようですが、これからジワジワといなくなった寂しさに包まれると思います。

私はその後、冷たい雨が降る中を心療内科へと行って来ました。

先生はいつもと同じ、暴れている時がチャンスだから、パトカーを呼んで強制入院さえたほうがいいと繰り返すのみです。

娘が飲む就寝前の薬を変えてもらい、帰宅しました。

思う事、悩む事は沢山ありますが、考えても仕方がない事はそのままに、どうにかなる事は悩み抜いてみる事にします。









久し振りにまとまった雨が降っています。

娘は何となく落ち着いていますが、先週の水曜日にまた面接を受けて、その結果が届く頃なので、その結果次第ではまた嵐が起きるかもしれません。

「嵐の前の静けさ」という所でしょうか・・・。

面接に受かった人のみに、面接から1週間以内に連絡が来るというのです。

そこを落ちても、他に道はあるというのを伝えていますが、受かっても仕事に行けるかどうかも分かりません。


CIMG3661.jpg

ブロッコリーの葉っぱに付いた朝露です。

デジカメの調子が悪いので、とうとう壊れたのかと思いましたが、説明書を読んだら、メモリカードに原因があるようです。

大きな家電ショップで一番安いメモリカード(980円)を購入し、カードを交換したら復活しました。

被写体はほとんどが愛犬さくらか植物だったので、デジカメがなくても生活出来ますが、やっぱりあると苗の成長とかを撮りたくなりますね。

CIMG3662.jpg

多肉植物の「桜吹雪」です。



パン発酵器

約8年ほど前の事でしょうか?

お友達がパン教室を開いたので、私も片道1時間掛けて生徒として通っていた時期がありました。

初級を終えて中級コースに進んだ頃でしょうか・・・パン発酵器が欲しくなって、ネットで購入しました。

通っている途中で血痰が出てしまい、やっぱり遠くまで通うのは無理と辞めてしまいました。

それでも習ったパンを何度も作ってみましたが、丁度2人の子供達は帰宅時間が遅く、私が作ったパンなど見向きもしてくれません。

ご近所の方に差し上げても、「美味しかったよ」と言ってくれる訳でもなく、結婚している頃から使っているオーブンレンジが壊れた時、お菓子を焼く事もパンを作る事もやめてしまいました。

パン発酵器はその後、タオルハンカチや古いカセットテープなどの収納として利用していたのですが、水曜日に娘に頼んで、今でもパン教室と週に一度パン屋さんを経営している友達の家に「生徒さんで欲しい方がいたら上げてね」と置いて来ました。

長い間 使用していなかったので使えるかどうか分かりませんが、友達は店で使うと喜んでくれました。

今日は燃えるゴミの日、発酵器の中にあったごちゃごちゃした物をバンバンゴミ袋に入れたのですが、小さなトートバッグの中を見たら、元夫が闘病中に書いたメモ書きが見付かりました。

子供の事や今までの自分がして来たこと後悔など、介護する為に毎日通っていた私に手渡されたものでした。

「感謝している」とか、「これからは俺がお前を守る」とか、時には「愛している」とも書かれたメモがありました。

それを娘と読みながら、元気でいたなら本当に守ってくれたのかしらねえと話したりしました。

すっかり忘れていたのですが、彼の手術同意書には私の名前もサインしてあり、続柄の所には「前妻」と書かれていました。

それともう一つ、娘が生まれて産院にいた時、私が手帳に書いた日記も出て来ました。

そこには娘が生まれた喜びと、ずっと仲良く一緒に暮らそうねと書かれていました。

それも娘に読んで聞かせました。

パン発酵器にこんな物が入っていたなんて、私は何でも収納にしてしまう忘れっぽい性格だと思い知りました。

こんな時もあったね、あんな時もあったねと過ぎ去った日の事を思い出した夜でした。





18年間

この家に住み始めて18年が経ちました。

安普請の欠陥住宅と言われながらも、どうにか日々を過ごしています。

18年も住んでいると、水回り等に問題が出て来ます。

水が出なくなったトイレのウオッシュレット、ゴムの部分が溶けて来て茶色い粘っこい液が垂れるようになりました。

長い事放置していたのですが、先日娘からのクレームに耐え切れず、ホームセンターを回って一番安いウオッシュレットに交換しました。

「安かろう、悪かろう」の商品だと言う人もいましたが、今の我が家の現状ではこれが精一杯です。

ホームセンターの方は、18年も使い続けた事に驚いていました。

普通は10年ほどで交換するようです。

洗面所の下は1年程前から水漏れがして、新聞紙を敷いて濡れるたびに替えるなどして対処しています。

脱衣所の床も下の木材が腐っているのか、一部へこんでいます。

そして、以前から何であんな所に窓があり、階段の途中なので脚立で汚れたレースのカーテンを替える事も出来ず、悩みの種の窓がありました。

見上げるたびに真っ黒くなったレースのカーテンと埃が目に付き、どうしたものかと考えていました。

そして今夜、ふと思い付きました。

百均で買って来たひばさみを使い、手を思い切り伸ばしてレースのカーテンを外す事に成功しました。

真っ黒な埃が階段に舞い落ち、掃除機で吸い取りました。

18年振りに見た窓ガラスはカビが付き、伸びるクイックルワイパーで何度拭いても綺麗になりません。

また他の方法を考える事にします。


今日 一番ショックだった事は、俳優の高倉 健さんが亡くなったと知った事です。

あの寡黙なイメージと、器用ではないという言葉から伝わる男気が、私の憧れの男性像でした。

離婚した江利チエミさんのお葬式の日が、高倉 健さんのお誕生日であった事も知りました。

私の元夫のお葬式の日も私の誕生日でした。

自分の誕生日なのに、どうしてこんなに辛い日と重なるのか・・・冷たい風が吹く夜に白柴さくらと泣きながら散歩した日を思い出しました。

高倉 健さんが出演した映画を、もう一度観たいと思っています。









心療内科

今日は娘の心療内科の診察に付き添いました。

昨夜、また娘とひと悶着あったので、先生に話しました。

私が10年ほど前に過労でドクターストップがかかって辞めたパート先の面接に行きたいと娘が言い出したからです。

その職場は真面目過ぎる人は必ず潰れます。

そして心が壊れます。

今の娘には無理だと思って反対したら、娘がキレて頭を机にぶつけ始めました。

何度止めても床や机の縁に頭をぶつける行為を続けるので、また裏に住んでいる姉に来てもらいました。

私が大声で止める声が外に聞こえていると姉が怒りながら入って来ました。

床の上に枕を置いて、「ここに頭をぶつければいい」と娘に差し出しました。

そして2階の自分の部屋に行った娘に、姉はそんなに仕事をしたいなら、何で先日のスーパーの仕事を行く前に断ったのか?

本当に仕事をしたいのなら、今度は歯を食いしばって頑張って働くよう諭していました。

2階からは姉の笑い声まで聞こえて来ました。

玄関先で座り込んで、パトカーを呼んで精神科の病院に入院させたかったと話すと、近所の噂になるからそれだけはダメだと言われました。

行く当てもなく出て行くと娘が言うのなら、その後を追ってそこからパトカーを呼んで入院させればいい。

階段から落ちるというのなら、落ちて怪我をして救急車を呼べばいいと言いました。

娘は何をすれば、母親の私が傷付くか知り尽くしています。

実の姉に母親失格の烙印を押される事が、どんなに私を追いつめるかも知っています。

心療内科の先生は、私の気持ちを理解して、娘にしばらく離れた方がいいから入院を考えるよう話してくれました。

このままだと私が自殺するかもしれない、無理心中するかもしれないと危惧していると伝えました。

この心療内科へ通い出したのは、今回娘が面接を受けたいと話したパート先で、ラストの仕事をしている時に喀血してしまい、仕事を辞めた後、空虚感に襲われた時でした。

あれから10数年が経ちました。

いろんな災難が降りかかり、その度に壊れそうな心を先生の叱咤激励で今日まで来ました。

結果的に私は心が強過ぎて鬱にはならず、ただ淡々と過ごすように言われて乗り越えて来ました。

今回だけは、自分自身の事ではなく、娘の事なので冷静さを欠いてしまいます。

「辛い時はいつでも話を聞くから」と言ってくれる友人達もいるのですが、自分のマイナスオーラが相手を不快な気分にさせてしまうようで、言葉に甘える事さえ出来ません。

そう言いながら、こうしてブログで吐き出してしまうので、読んでブルーになったらごめんなさい。

このブログを書く前に、あるサイトでおみくじを引いたら「大凶」でした。

心療内科の帰り道、「お母さんは自殺したりしないから大丈夫だよ」と娘に話しました。

生きていれば楽しい事もあります。

美味しいウニも食べた事がないのです。

国産ウナギも高くて食べられません。

あれもこれもしたい事がいっぱいあるのに、私は死にません。

「101回目のプロポーズ」の名セリフと同じです。

淡々と生きて行きます。




記録

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娘の誕生日

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五十肩

先日 発芽した野菜のビニールポットを、発泡スチロールから外へ出した翌日、苗が消滅しました。

夜中の寒さに耐えられなかったようです。

冬野菜の種まきは見事に失敗、諦めました。


先月の台風19号対策をしている時に、思い切り門扉の角に左肩をぶつけました。

打った所が黒ずんだので、ただの打ち身と放置している間に、毎日のように左右の上腕部をいろんな場所でぶつけるようになり青たんが出来ました。

今日は左腕を車のサイドミラーに思い切りぶつけ、また青たんが出来、友達の助言もあって外科へ行って来ました。

左腕が重くて上がらなくなったからです。

指先は動くので骨折していないとの事で、レントゲンを撮る事もなく、痛くて運動をしなかった為に筋肉が固まってしまう「五十肩」と診断されました。

麻酔の注射をした後で、肩に筋肉をほぐす為の注射をしてもらい、痛み止めなどの飲み薬を一週間分もらって来ました。

病院が苦手なほうなので湿布薬を貼って治るのを待っていたのですが、病院の待合室で待っている間に、気が抜けたのかあちこちが痛くなってしまいました。

もう我慢の限界だったのかもしれません。


11月1日の患者会の5周年記念の医療講演会もどうにか参加する事が出来ましたが、娘の状態次第で出席出来なくなると困るので、心療内科の先生から娘にそれが終わるまで大人しくしているよう話してもらいました。

その反動なのか、またいつものお酒を飲んでは私を困らせるという日々が続いていました。

娘を支える母親の私が疲れ切ってしまったという事で、来週の月曜日には娘が通っているハローワークの心理カウンセラーのカウンセリングを受けられるよう、娘が昨日のカウンセリングの時に予約して来ました。

そして、しばらくは仕事探しなど動かないほうがいいとカウンセラーの先生に言われたのに、今日は近所のスーパーの求人募集の面接を受けに行き、即決してしまった娘です。

お肉屋さんのパック詰めなので、レジなどの接客はないとの事ですが、ひと月働いて向いてないと思ったら辞めてもいいと言ってくれたそうです。

決まった途端に不安になったようで、初出勤の前に暴れて辞めてしまうかもしれないし、マイナスの要素を拾い上げて「行きたくない」と動けなくなって辞めてしまうかもしれません。

何が起きても私まで落ちてしまう事がないよう、気丈に対処する事を心掛けるつもりです。

出来るかなあ・・・ではなくて、やらなければ!ですね。



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