一歩前に・・・踏み出せない( ;∀;)

先日 PCでハローワークの求人情報を見て、紹介状を書いてもらおうとハローワークへ行って来ました。

担当職員の方は、ヘルパーさん付きの障害者の方とお話をされており、私の顔をちらりと見ると、とても嫌そうな顔をしました。

それでも折角来たのだからと待っていた私ですが、数人の方の対応をされた後、席に戻って来ませんでした。

一歩前へと歩を進めようとした私の足は、何十歩も後退し、家へ帰りました。

自転車で片道30分近くもかかる道を、出たついでにと薬局やスーパーへと寄りながら、息苦しさや込み上げて来る痰を飲み込みながら、持病について考えました。

心を病んだ娘との日常は、時として生き地獄のように思われる時もあり、娘が寝ている時は私の心も静かだったりします。

きっと仕事探しよりも、今やらなければならない事があるのだと痛感しました。


12月3日に患者会の総会と医療講演会が終わりました。

総会に参加した会員さんは3名でした。

役員を入れると7名、司会担当の私は「この案に賛同して下さる方は挙手をお願い致します。」と淡々として進行して行きました。

来年からはいつものように「書面のみ」で終わらせることになりました。

患者会の事務を私がやる理由は、働いている会員さん達には頼めないからだそうです。

時間に追われ、あと何枚PCで打てば終わるのか?といつも思います。


昨日は新しいPCを助成して頂いた民間企業先に「お礼状」を作成しました。

会長のお礼状と共に、これからそのPCを使う私のお礼状も一緒に添えようと文面を作ったのですが、会長にはそれが気に入らなかったようで、社協の担当者の方に電話を入れて、会長の手紙だけでいいと言われました。

いつものように私が作ったお礼状の名前を会長に差し替え、郵送する事になりました。

※お礼状には、ご利用者様や職員の方の感想、または備品を使用している写真等を添付して頂きます様お願いします。

この文面を見た時、事務担当の私の言葉も添えようと、私は勘違いしてしまったのです。

社協の方が「そんな事 書いてないでしょう!」と会長に言ったそうで、余計な事をした私は撃沈。

会長はお礼状の文章が浮かんでこなかったそうですが、それならそうと言ってくれればいいのに・・・。

医療講演会に参加して下さった議員の方々や、県の職員の方達や講師の先生へのお礼状を作成し、宛名ラベルも作って、昨日の作業が終わりました。

私は事務ですが、事務局は会長宅です。

医療講演会のアンケートも会長が目を通した後、昨日お礼状を作っている私の机に会長が置いて行きました。

集計とグラフ作り、会報に載せたり、医療講演会の内容を会報に載せる作業が私には待ってます。

会員さんの名簿管理もしなければなりません。

医療講演会に参加して、新しく入会して下さった方の名前は会長からまだ教えて頂かないままです。


こんな事さえストレスになります。

私の人間としての器が小さいのかもしれません。





睡眠障害

いつからか眠れなくなりました。

眠剤を貰う為に心療内科へ1ヶ月半ぐらいの間隔で通っています。

マイスリー5mgで眠れたのが、ある時から10mgになりましたが、基本は5mgと決めています。(錠剤を半分に割るのです)

そして夜中の12時を過ぎてしまったら飲まない事にしていますが、やっぱり眠れません。

睡眠障害になった原因は娘が寝かせてくれなかった事ですが、眠剤を飲んだ時にも寝かせてもらえなかった事はとても辛い経験でした。

横で強い眠剤を飲んで、鼾をかいて寝ている娘を見ていると、娘の心の病は当分良くなる事は難しいのでは?と切なくなって来ます。

ジェットコースターのように、感情の波が一日の間に激しく変わります。

それでも自傷行為をしなくなった事だけでも花丸なのかもしれません。


こんな毎日から抜け出そうと、今日は意を決してハローワークへ行って来ました。

そこで私は自分のミスに気付いたのです。

難病支援制度を使いたかったので、病気の事を正直に申告していました。

気管支拡張症で喀血した事や時々血痰が出る事など・・・そんな事を言ったら雇ってもらえる訳がないのに、その為に仕事をいくつも替えているという事も話していました。

ハローワークの職員の方から「発作は最近は起きていませんか?人に感染しませんか?」と聞かれました。

今は大丈夫ですと答えましたが、昨日も血痰が出ている事は言えませんでした。

止血剤を飲めば治まる程度の症状でしたが、主治医の先生からは「接客業はやめた方がいい」と去年の夏に言われています。

販売レジの仕事も、高齢者の方の介護の仕事もダメなのかもしれません。

それでも検索して出来そうな仕事があったので、電話で問い合わせてもらったのですが、年齢不問と明記されていたのに40歳までの方を募集しているとの事で応募さえ出来ませんでした。

ハローワークまでは自転車で40分近くも掛かります。

帰りにドラッグストアーで洗剤を買ったり、体は疲れているはずなのに眠れないのです。

毎日喉が痛いので抗生剤を飲みました。

胸が痛いので鎮痛剤も飲みました。

昨日からお腹の調子も悪いので正露丸も飲みました。

おいおい、こんな調子で働けるのか?と不安になります。

持ち家を売りたかったけれど、姉達との共有名義ゆえに反対され断念・・・生きて行くにはお金が掛かります。

母子家庭になってからは、「どんな仕事でもします」とパートバンクで仕事を紹介してもらい働いて来ましたが、気管支拡張症の持病を隠す事で精一杯・・・社会保険に入れてくれると言われても、健康診断で肺に影があることを知られたくないので断り、頑張れば頑張るほど体調が悪くなる悪循環。

思いがけず61歳の今も生きているのですが、65歳から貰える公的年金の金額の安さに現実の厳しさを思い知らされることになりました。

65歳になる前に死んだら勿体ないからと言われる事もありますが、早く貰うと年金額はもっと減るのだそうです。

悩む所です。


今日は患者会の用事でお出掛けです。

9月から今まで、何枚PCで打ったら終わりが来るんだろう?と思ったりして。

今日は医療講演会に来て下さる方達の為のお菓子を買って袋詰めの後は、司会を頼んだ方の原稿を作ります。

私が考えていた患者会とは違う形の友の会の事務は、時にストレスに変わります。

会員さん達と個人的に連絡を取る事は出来ません。

事務局は会長宅なので、私と話したい会員さんがいても、会長がシャットアウトしてしまうのです。

それは発足当時からの事なので、私は陰の存在なのだと割り切るようにしています。

会長ご夫妻はPCがあっても検索のみで文字の打ち込みやメールの送受信が出来ません。

書類作りは無理でも、メールの受信を覚えてもらうようご主人に教えています。

フレッツ光やブロバイダに掛かる費用がきついので、インターネットを止めたいと思っているのですが、こうしてブログを書く事で心のバランスを取っているのも事実・・・少しでも安くしたいと模索中です。

娘のスマホがドコモなのでドコモ光にしたら安くなるのか、固定電話を止めれば料金が安くなるのかなどと考えますが、どれが一番いいのか分かりません。

一番いいのはインターネットを止める事でしょうか・・・。

ボランティアは他に替わりが見付からない限りあてにされて、辞めたら会長からぼろくそに非難されるのは経験済みなので、それも出来ません。

会長も感情のコントロールが出来ない方なので、言動は時に攻撃的になります。

一緒にいると私も同じ考えだと思われるから、早めに手を引いた方がいいと他の患者会の会長さんから言われるのですが、娘の事で精一杯の私には現状維持がやっとの状態です。

眠れない日が3日続いても、4日目には眠れると思っていた私ですが、眠れぬ夜はいろんな事を考えてしまいます。

眠れなくてもそろそろ横になる事にします。

おやすみなさい。








雨の滴

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雨上がりの後の雨の滴、水晶のようで美しいです。

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ブロッコリーの葉っぱから落ちそうで落ちません。

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見辛いけれどアジサイの葉っぱの所にも滴が・・・落ちそう。


私のメル友に只今老犬介護の真っ最中の方がいます。

彼女とは10数年前にPCの女性専用メル友募集のサイトで知り合いました。

私よりも3歳年上でお姉さんの様な存在です。

年に数回程度しかメール交換しませんが、PCから携帯電話メールに移行してからは、回数が少しだけ増えました。

お会いした事もないのですが、40代後半の頃にメール便の配達をしていた頃、実家が沖縄だという事でマンゴーを送ってくださいました。

彼女は埼玉に住んでいるのですよ。

マンゴーを見たのも食べたのもその時が最初で最後の私・・・「高価な果物だから買えないのよ」と先日メールで話したら、何と彼女はマンゴーが大嫌いだと初めて知りました。

覚えていたら、来年の夏は送ってくれるそうです。

楽しみが少しずつ増えて行きます。


今日は愛犬のお誕生日だからと、ケーキを前にしたラブラドールのワンちゃんの画像を送ってくれました。

16歳になり、痩せてしまって紙おむつをつけていますが、食欲はあるそうなのでまだまだ大丈夫ね!って話しています。

でもね、地域のアイドル的存在だったせいか、回りの方達から「安楽死させたら・・・」って言われるのが辛いそうです。

可哀想だから安楽死って、一生懸命介護している飼い主さんにとってはひどい言葉ですよね。

老犬介護は迷いの連続、思うようにならなくて、愛犬が啼く理由も分からない時もあり、寝たきりになると褥瘡が出来ないように体の向きを変えたり、さくらとの思い出が甦って来ます。

けれど、さくらと一緒に生きていた時間は幸せでした。

娘の精神的なサポートに比べたら、さくらの介護はとっても幸せな日々でした。

今日の午後、息苦しさを覚えながら遊歩道を歩いていたら、ハスキー犬に引っ張られるように散歩している飼い主さんがいました。

私は体調が悪い時、さくらが引っ張って私を散歩させてくれました。

「具合が悪いからって家の中にいてはダメだよ、一緒に散歩しようよ。私が引っ張って上げるから・・・」

さくらのお蔭で私は長年続いた微熱とサヨナラしました。

さくらがいてくれたから、働く事も出来ました。

私はとっても幸せな飼い主だったと思います。

もうあんなに楽しい時間は戻って来ない・・・さくらに会いたいけれど、もう少し一生懸命生きてからにするね。

心が疲れてしまって、立ち直れそうもない毎日が続いているけど、さくらに再会した時に「お母さん頑張ったね」って抱き合いたいから、もう一回人生をやり直してみるね。

人生は七転び八起だから!



寒い!

今日は雨、寒さが身に沁みる時期になりました。

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ミニトマトの葉が伸びて来たけど、もう実を付ける事はないですね。

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ブロッコリーの葉は大きくなって来ましたが、モンキ蝶がやって来て小さな青虫がいたり、ナメクジが這った跡が残っています。

収穫の時期まで葉っぱが残っているかしら・・・。

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今年のビオラは「八方美人」という品種です。

チューリップの球根は植えたし、来春が楽しみです。


いろいろな考え方

昨日は娘の診察日でした。

眠剤を飲んでからの行動を、翌日目覚めた娘は覚えていないので、いつもは診察室に入らずに待合室で待っているのですが、昨日は私も診察室に入って、先生に話しました。

薬を飲んでも興奮状態になってしまう事や、フラッシュバックが辛そうなので、心の中を吐き出させてくれる治療法はないのですか?と聞いてみました。

先生は「僕が聞いてるつもりですが・・・・」と答えました。

「先生の診察日が火曜日の午後だけになった為に、患者さんが混んで、長く話が出来ないと娘は言っています。聞いて下さっているのなら申し訳ありません。これからもよろしくお願いします」と母親の私は答えました。

「これからはどんなことでもいいから、僕に何でも話してください。小出しにしていってもいいです」と娘に語り掛けました。

お薬を変えてもらって、また2週間後に予約して来ました。

心療内科へ来た患者さんを見て、「うちの娘はまだしっかりしているし、顔付きも遠くを見ている訳でもなく普通だし、太っている事もない、独り言も言ってない」などと思ってしまいました。

何よりバスに乗って通院し、先生と落ち着いて普通に話せる・・・入院させるレベルではない事を痛感しました。

年老いた父親が倒れた娘を抱き起して、自分の肩を貸し、娘を診察室や薬局まで連れて行く姿を見ました。

診察室からは何を言っているか聞き取れないのですが、泣き喚くような声が聞こえて来ました。

娘さんは40代に見えました。

3日間眠れなくて倒れてしまったようです。

私も娘も衝撃的な光景を見てしまったような気持ちになり、その夜は娘は眠剤を飲んで静かに眠りに付きました。

私も娘を入院させてほしいと思っていた事を反省しました。

まだまだ大丈夫!

ふとそう思いました。

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